ちゃんとした大人の定義と、厳しかったお母さん
昨日の夜は、子供は遊び疲れて夕方すぐにコテンと寝てしまい、夫はこれチャンス!と映画を観に近所のシネコンへ出かけたので、私は待ってました!の一人時間。
ウキウキしながら
「ええい、一人なら、面倒な夕食の用意など何もせんわ!」
と思い、納豆卵かけごはんで済ませました。
ご飯をズルズルかき込みながら、独身時代を思い出しました。
私は毎日、夕飯は納豆ご飯だけ(本当にそれだけ)ですませる生活をしていたのです。
もし今も一人だったら、多分、同じ食生活を続けていたかもしれません。(現にいま、一人の時間にそれをしている)
毎日、最低限の栄養バランスの取れた食事を何品か作ろうとせっせと頑張るのは、家族がいるからであって、自分一人のためだったら、おそらく作っていないと思います。
さいきん、私の友達の間で
「うちのお母さん、最近何やら困った感じでさあ」
という話題がちらほら出ます。
とっくに家を巣立った私たちが、実家へ帰って久しぶりに目にするお母さんの行動に、あれれ?となる、という話です。
ある友人は
「一緒に食事したら、お母さんが肘をついてご飯食べてた。びっくりした」
と言い、
ある友人は
「最近お母さん、思ったことを子供みたいにすぐに口に出すの。街歩いていて、ちょっとちょっと〇〇ちゃん、あれ見て!すごいわよ!とか大きな声で、何か指さしたり。。すごく恥ずかしい。あんな人だと思わなかった」
など。
要するに我らがお母さんが
「昔は私たちに行儀作法とかメチャ厳しいちゃんとしたお母さんだったのに、最近そうでもない。どころか逆にひどい」現象があちこちで見受けられているよう。
(注:ボケてはいません。60代くらい、お稽古やお友達との旅行など精力的に活動しているお母様方です)
理由は、老いだけではないと思います。
おそらく
「子育て中はちゃんとしなきゃ」
と思っていたものが、いざ子供が巣立ったあと、そこまで頑張らなくていいかという気持ちになり、いいことも悪いことも含めて、ありのままの自分に戻ってゆく(?)感じなのかなと思っています。
最近私が、自分の母の新しい一面を感じたのは、マイナス面(?)ではなく、どちらかというとプラス面でした。
「お母さんて、元々はこども好きだったんだなあ」というものです。
孫(私の子供)と遊ぶ母は、子供の扱いがとても上手で、楽しみながら遊んでくれます。子供のひとつひとつの表情や仕草、また成長の様子などもとてもよく見ていて、
「うちのお母さんが、こんなに細やかに子供の相手ができる人だとは知らなかった」
と、失礼ながら、思いました。
母は、私を含め3人の子供を育てましたが、申し訳ない言い方をすると「いつもあんまり余裕がない」印象でした。残念ながら、私には、母が優しくしてくれた記憶よりも、急かされたり、何かを注意されたり、必要以上に口うるさく何かを言われた印象のほうが強かったのです。
母は大学の教育学部を出ていたけど(教師にはならなかった)、「子供好きじゃないのに、なんで教育学部など行ったのだろう」と内心不思議に思っていました。
私が大学受験のとき、志望大学すべて実家から遠い場所を選んだのも、親元をさっさと離れて自由になりたかったから。
そして、18歳の頃に飛び出していった場所にそのまま私は居着き、子育てしています。
まあ、現在は実家が遠いことで、ワンオペ育児という因果応報を受けていますが。。
ちょっと前に、母の産後の話を聞く機会がありました。
母は、三人目の子供である私を産んだ後、お姑さん(私の亡きおばあちゃん。明治生まれの、すごいしっかりしたおばあちゃん)に
「あなた、三人も子供産んだからにはね、覚悟ってものが必要よ。目を離して怪我をさせたりしないよう、ちゃんと育てるように」
という言葉をかけられたそう。明治の女、キツっ!(ごめんおばあちゃん)
お母さんは、それを聞いて背筋がピッ!となる思いだったそう。
そこから多分、必死で子育てして、とにかく無事に子供三人(年子を含む)を大人にさせるのに、余裕なんて本当になかったんだろうなとしみじみ思いました。
子を育てる責任感がとにかく最優先で、本来持っていた、子供を可愛がる気持ちとか、楽しむ気持ちを存分に発揮する機会(?)がなかったのかもしれません。
そんな本来持っていた性質を、孫で発揮できるようになり、そして、娘である私が愚かにも初めてそれに気づくことができ、まあ、とりあえず良かったのかな、一応なにかが間に合ったのかな、と思っています。
私にとってはまだ始まったばかりのお母さん業、
「ちゃんとしなきゃ」の連続ですが、まあできていないが8割以上。仕方ないと思う一方、なんだか自分を許せなくなる時も。
その間でずっと揺れながら、どうにかやっています。
なるべく気を張り詰めすぎずに頑張っていきたいものです。