散らかっているという認識すらなかったあの頃 2

食生活については入院と手術を経て臓器を一個失うことでやっと「まともにしよう」と改める気になりましたが、部屋の散らかりようについてはその後もそのままでした。

特に困ること、なかったんですよね。

実家にまだいた高校生の頃、母に

「きょうだいみんな同じように育ててきたのに、どうしてあなただけこんなに片付けができないのかしら…」

と諦め半分で言われたとき、私は

「自分自身が片付けなくて困ること、別にないもん。不快だとも思わない。片付けに使う分の神経を、私は違うところに使っているの、お母さんにはわからないかもしれないけど」

と偉そうに口答えしていました。

今、タイムスリップしたら女子高生だった自分を殴りつけてやりたいですね。「違うところに使っている」て一体、何に使っていたつもりなんでしょうか。。

 

でも実際、それからずっと長い間、部屋を片付ける気にならなかったのは、確かに困っていなかったからなのです。

 

一人で暮らして、一人で好き勝手生きて、自分のことは全部自分で決められていた時代には、片付けるヒマがあるなら何か別の楽しいことしていたい!と思い、実際そう行動していました。

 

片付けられない私が初めて「このままじゃいけない」と感じ始めたのは、あの母の諦めの言葉がからずいぶん月日が流れ、結婚して二人目を出産してからでした。

 

2歳と0歳の幼子を抱えて、毎日、毎日、二人の泣き声やお世話を求めて発する声を朝から晩まで聞き続け、睡眠不足とストレスと肉体的疲労に正直気が狂いそうな毎日が続いていました(それは、今現在も進行形ではあります)。

 

自分のペースで何一つできない。

食事も、睡眠も、トイレも、お風呂も、休憩も、歯磨きも、人として当然の権利であると思われる基本的なものから。

皿洗いも、お風呂掃除も、食事作りも、麦茶作りも、哺乳瓶の消毒も、進んでやりたくてやっているわけではない家事ですら、赤ちゃんからの抗議の泣き声で中断される。

 

コンビニでちょっと週刊誌をチェックしてお菓子を買って家に帰り、深夜までテレビを見てダラダラ過ごすこと。

今日はちょっと疲れたなーと思ってゆっくりお風呂に浸かり、早めにベッドに入って朝まで誰にも起こされずに眠ること。

ストレス溜まったから女友達と何件か飲みに行ってハメを外すこと。

友人と気のすむまでカフェで延々と女子トーク。

 

すべてが遠くて、もう二度とできない気がした。

 

何年後かにはできるよ?と偉大なる先輩ママたちは云う。

おっしゃる通りだと思う。

 

でも、明日も、明後日も、来月も、多分できない。

弱った体と心(大げさですねえ)は「できない今」に、ただただ打ちのめされる。

 

世の中のお母さんて、マジで こんな生活 しているの?

 

幼い頃からマイペースだねえと言われ続けてきた自他共に認める超マイペースの私にとって、自分のペースが完全に失われたこの状態辛いことはありませんでした。

 

それでも、一人目まではなんとかやっていたのですが、二人目で完全に何も回らなくなってしまいました。

 

分かっています。

ちゃんとできるお母さんは、たくさんいます。もしかしたら、大多数のお母さんが多かれ少なかれそういう状況に直面しても愛と勇気でもって切り抜けているのでしょう。

 

でも、私は、このままじゃ 自分が おかしく なる と思いました。

 

以下 当時のしんきょう

 

 ひとと くらべたことがないから わからないけど たぶんわたしは このままじゃ だめなのだろう そもそも こそだて むいてないの かもしれない  こども へのあいじょう とかも もしかしたら たりないの かも  まあ そういう むずかしい はなしは おいといて このままじゃ まともに ごはんとか こどもに つくってあげられ なくなる それはやばい 

とにかく

とにかく

生き抜かねば

 

泣いてるこどもたちをお腹に乗せてリビングの床に寝転がりながら

 

まずは 

部屋 片付けたい

 

頭はモウロウとしていたけれど、この欲求は 体の内から自然とそして強く湧き出てきたのでした。

 

 

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