迷うのは1回だけ、と決めてみた

私なりに段取りを考えながら行動、生活しているつもりなのに、

どうもどうも、、、時間の使い方が下手な気がしてならない。

 

 一つ一つを気持ちよく終わらせないまま、次へ行っていて(行かざるを得ない)、どうにもこうにも毎日頑張っているのに全てが中途半端で気持ち悪い、、、みたいな。

 

うーん、何か足りないのかなあ。

それとも、主婦業は終わりがないから、しょうがないのかな。

 

そんなことを考えながら、この前のプチ家出
www.yasumin00.com

 

の時に、本屋をぷらぷらしながら立ち読みしていて、ヒントになりそうなものを見つけました。

不思議なもので、本屋で立ち読みする時って、気の赴くままにパラパラめくったものの中に、ヒントが隠れていることが多いんですよね。

これこそ「無意識の作為」?

潜在意識レベルのセンサーで、その時必要なものを、ちゃんと見定めてるの??

 

私はそういう潜在意識とか無意識系の話が好物なので、時々あえて、ひょんな偶然とかに賭けたくなります。

 

読んだ本は

「仕事が速い女性がやっている時間のルール」という日経の本で、

その中の仕事が速くてキラキラしている素晴らしき女性たちのお一人が

「悩むのは1回だけ。あとは時間の無駄」

みたいな話をしていて、ほう、と思いました。

 

その言葉が翌日まで忘れずに頭の中に残っていた(いつも感銘受けてもすぐ忘れるので)ので、なんとなくゆるーく実践してみることに。

 

すると驚くことに私は一日中、色々なことを、いちいち悩んでいました。

悩んでいるというか、迷っている。瞬間瞬間で。

 

本当に些細なことです。

 

ゴミ捨てに今すぐ行こうか、後にしようか

小松菜は胡麻和えかおひたしにするか

この格好のまま公園へ行くべきか

帰りにスーパー寄るか、寄るまいか

 

いやあ、つくづく自分でも嫌になりました。

こんなことばっか一日中迷っていて、しかも気持ちよく決められていない。

 

決断した後も、うじうじ気にして、貴重な自分の気力を消費している。

 

例えば、

【お題】(公園の)帰りにスーパー寄ろうか、寄るまいか

 

【答え1】寄る⇨子供がぐずりだした(おしっこもらしたバージョンもあります)。

【心境1】ああ、寄らなきゃよかった、疲れちゃったよう。。

 

【答え2】寄らない⇨帰って冷蔵庫見たら卵がない!

【心境2】やっぱ疲れていても頑張って寄るべきだったよう。。

 

どっちにしろ、後までグズグズその迷いを引きずっている!!!!!!

 

だから、何をやっても、なんとなーくスッキリしない!

グズグズ引きずるせいで、自分の軸が「いま現在」じゃなくて、あっち行ったりこっち行ったりしている。

だから疲れる。

ああ。

毎日こんなことしてたら、気疲れが地味に積み重なって疲弊するに決まっているじゃん!

 

決めよう。

よほどの問題じゃない限り

迷うのは1回。

決断したら、もうああだこうだ振り返らない。

 

できることからそれを実践したら、今まで常にあった気持ちの重だるさが、確実に軽くなりました。

 

そうです。

スーパー寄ろうが寄るまいが、そんなにびっくりするほど未来が変わることはないのです。

スーパー問題(行くべきか否か)について自分の行動を追跡調査しましたが、数時間後には、スーパー行ったことすら忘れてました。そんなもんです。

 

最近は、

丁寧に生きること

細やかに生きること

を大事にしたいと思っていたのですが、どうもそれらを間違ったベクトルで発動させて、自分を苦しませていたかもしれないな、と思いました。