【自己肯定感が低いママへ】
育児に必要なのは、ママ自身の「自己肯定感」
育児をしていて、いつも「自己肯定感」て大事だなと感じます。
子供じゃなくて、親自身の「自己肯定感」。
親が自己肯定感を持てずにいると、子供に対しても奇怪な言動(笑)をしてしまいそうで、おっと!あぶない、あぶないなあ、と気持ちにブレーキをかけることがあります。
専業主婦は、とにかく自己肯定感を得にくい生活環境だと思います。
だれにも評価されないし、どれだけやっても仕事に明確な終わりがないし、お給料もでない、成果も見えにくいというか成果とか求めたりしちゃいけない(特に子育てにおいては)雰囲気も少なからずある。
自己肯定感は、他者がいてこそ成り立つ
自己肯定感て、やっぱり、誰か他者から自分を認められるのがスタートだと思うんですよね。
主婦はもう大人だから、自分の親から無条件に肯定される!て機会もあまりないし。
そう思うと、もう意識的に、自己肯定感を自分で取りにいくしかない気がしてきます。
でも、例えばスタバとかで女子店員と長々としゃべっているおじさん、(「すごいですね!」と言われて嬉しそうにしている)みたいなことは難しい。(その域にはまだ達せられずにいます)
友人の力を借りよう 。言葉の力を借りよう。
一番は、気の合う友人と喋ることかも。
気心知れている友人は、ただ喋るだけで、話を聞いてもらえるだけで、居場所があると思えるし、気分が落ち着くことが多いです。
あとは、小説を読むと落ち着きます。
それも、エンタメというよりは純文学寄りの。
純文学寄りの小説の主人公というのは大体暗かったり、人生うまくいってないような人物ばかりなので、そういう薄暗い人間の心理描写を読んでいると、
「ああこんな暗い変な考えでもいいんだ」
と変な意味で勇気もらえます。
そして、そんな暗い主人公の心理と自分の気分がリンクしていると、不思議と
「こんな風に思っているのは自分だけではない」
「こんな考えしちゃっていいんだ」
と思え、自分を肯定できるんですよね。
これが正しい文学の読み方かはわかりませんが、そうやって救われてきたことが何度かあります。
今は、読む気力も体力もありませんが、
ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」
を読んでいたときは、結構そういう気分になれて、
「これだけやぶれかぶれな人生もあるんだ。よし頑張ろう」
とポジティブ(?)になれました。
日本人だと、大江健三郎さんとか、若い作家さんだと平野啓一郎さんなどの作品がおすすめです。メジャーどころならやっぱり村上春樹さんかしら。でも、村上春樹さんの小説の登場人物は大体モテるので、リア充じゃないと少し厳しい感があります(あくまで個人観)。
暗い自分を認めることも、立派な自己肯定
ここまで書いてはたと気づいたのは、
「自己肯定感」てなに、、、といつも思っていましたが、どうやら私にとっては
「暗くて偏屈な自分を認める」
ことと同義かなと思いました。
暗くて偏屈な自分を認めたことで、はたして育児がうまくいくのかよくわからない、むしろちょっと不安になりましたが、もし子供がもうすこし大きくなり
「どうしよう。クラスの明るいノリについていけない。雰囲気が合わない」
などの悩みを持つようになったとしても、
「大丈夫。そんなノリ必要ない。無理してノることは、一切ない」
と自信を持って(?)言えるようになれるかなと思います。